大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)1026号 判決

上告人

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

宮津純一郎

右訴訟代理人弁護士

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

被上告人

野形葵

右訴訟代理人弁護士

上田誠吉

杉井静子

松島曉

河邊雅浩

坂勇一郎

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人安西愈、同井上克樹、同外井浩志、同込田晶代の上告理由について

一  本件は、社内訓練施設による一箇月弱の集合訓練期間中に一日の年次有給休暇(以下「年休」という。)の請求をした被上告人が、使用者である上告人により時季変更権の行使がされたのに、当日の訓練を欠席し、無断欠勤を理由に就業規則所定の懲戒処分であるけん責処分を受け、同処分を受けたことを理由に就業規則に基づいて職能賃金の定期昇給額の四分の二を減ぜられ、さらに右一日分の賃金を削減されたことにつき、右時季変更権の行使は労働基準法三九条四項に違反し無効であるから、これが有効であることを前提とする右けん責処分等も無効であるなどと主張して、同処分の無効確認及び減額分の賃金の支払を求める事件である。

二  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、昭和六〇年四月一日、日本電信電話公社の一切の権利及び義務を承継して設立された、国内電気通信事業を経営することを目的とする株式会社である(なお、原審口頭弁論終結後、平成九年法律第九八号をもって上告人の目的は変更されている。)。

被上告人は、昭和三九年四月一日、日本電信電話公社に雇用され、平成元年一一月当時は、電話の自動交換、中継を主たる業務とする上告人の立川ネットワークセンタにおいて電話交換機の保守を担当する交換課(以下「交換課」という。)に勤務し、工事主任として電話交換機保守の業務に従事していた。

2  当時、上告人は、電話の通話線ですべてを賄うアナログ交換機に代わるものとして、音質が良く情報を大量に送ることができ通話線以外の共通線を利用することでサービスの多様化を図ることができるディジタル交換機の導入を積極的に進めていた。立川ネットワークセンタにおいても、平成元年度において、アナログ交換機ユニット数は四台(いずれも通話回線用)であるのに対し、ディジタル交換機ユニットは八台(うち通話回線用は四台)となっていた。このように、上告人としても立川ネットワークセンタとしても、ディジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上の必要があった中で、同元年一一月一日から同月二九日まで、上告人の設置する中央電気通信学園において、保全科ディジタル交換機応用班の訓練(以下「本件訓練」という。)が実施された。

本件訓練の目的は、「ディジタル交換機の故障解析及び異常時の回復措置に高度な知識、技能を修得する」というものであった。また、本件訓練は、ディジタル交換機のうち通話用のD60交換機及びD70交換機についての訓練であったが、右交換機の保守の際に共通線信号装置の処理を要することなどから、共通線についての理解も不可欠であった。このような観点から、平成元年度の訓練から、共通線に関する講義時間が三時限から六時限に増やされていた。

上告人においては、集合訓練は、職場の代表として参加する(所属する職場に訓練で学んだ技術等を持ち帰り、職場内で活用する)という意味合いを持っていた。また、平成元年度の保全科ディジタル交換機応用班の訓練一五コースの受講者の枠は、立川ネットワークセンタには本件訓練のみの一コース一名分しか割り当てられなかった。そして、交換課は、共通線信号処理装置にかかわる業務を担当していた。

このような状況の下で、被上告人は、交換課課長の命令により、本件訓練に参加した。

3  被上告人は、平成元年一一月一八日、交換課課長に対し、「共通線信号処理」の講義四時限が予定されていた同月二一日につき、立川ネットワークセンタ所長あての組合休暇願を提出したが、同月二〇日午後三時ころ、同所長から、本件訓練中は組合休暇を認めることができない旨の回答があった。そこで、被上告人は、同日、上告人に対し、翌二一日の年休を請求したが、上告人は、被上告人に対し、右年休も認められないと回答し、時季変更権を行使した。

4  被上告人は、平成元年一一月二一日、本件訓練に出席せず、右講義を受講しなかった。共通線信号処理の講義は、翌二二日にも二時限が予定されていたものであり、同日は二冊の教科書を使って講義が行われ、被上告人もこれを受講した。

5  被上告人は、本件訓練を終了したものとされ、本件訓練中の各科目の成績は、おおむね普通以上であった。

6  上告人は、平成元年一二月一九日、被上告人に対し、同年一一月二一日の本件訓練の欠席は無断欠勤であるとして、上告人の就業規則所定の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」及び「職場規律に違反する行為のあったとき」に該当することを理由に、けん責処分(以下「本件けん責処分」という。)をし、同処分がされたことを理由として就業規則に基づき職能賃金の定期昇給額の四分の二を減ずるとともに、同日分の賃金を削減した。

三  原審は、右事実関係に基づいて、次のとおり判断した。

1  急速な技術革新を遂げつつある電気通信の分野の事業を営む上告人にとって、その職員に対し、普段から技術革新に即応した高度の知識を修得させ、その技能の向上を図ることは、上告人の事業の遂行上不可欠であるから、そのための具体的な方法として、当該職員の勤務する職場内又は研修専門機関において実施する研修、訓練等は、上告人の事業の遂行上必要な業務である。したがって、上告人の各事業場が所属職員を訓練等に参加させることは、当該事業場における業務であるということができる。また、訓練等への参加は、当該職員の知識及び技能の増進、向上を目的とするものであるから、非代替的な業務である。

2  しかし、年休取得により非代替的業務である訓練の一部を欠席したとしても、当該訓練の目的及び内容、欠席した訓練の内容とこれを補う手段の有無、当該職員の知識及び技能の程度等によっては、他の手段によって欠席した訓練の内容を補い、当該訓練の所期の目的を達成することのできる場合もあると考えられる。

3  したがって、訓練中の年休取得の可否は、当該訓練の目的、内容、期間及び日程、年休を取得しようとする当該職員の知識及び技能の程度、取得しようとする年休の時期及び期間、年休取得により欠席することになる訓練の内容とこれを補う手段の有無等の諸般の事情を総合的に比較考量して、年休取得が当該訓練の所期の目的の達成を困難にするかどうかの観点から判断すべきである。

4  上告人におけるこれまでの訓練期間中の年休取得の主な事例をみると、訓練の期間にもよるが、おおむね一日間程度の年休の請求であれば、年休取得により訓練の目的が達成されなくなるとは判断されず、時季変更権が行使されることなく、請求どおり年休が付与されていたことが認められる。また、上告人の学園集合訓練中の訓練生の勤務票の取扱いをみると、訓練中であっても年休の取得が予定されており、しかも、時季変更権を行使するかどうかの決定は学園が行い、事後的に訓練生の所属部署にその結果を通知する取扱いであることが認められる。

これらによれば、被上告人が本件訓練に参加中であったからといって、その年休取得が直ちに上告人の事業の正常な運営を妨げるということはできない。

5  本件訓練の目的、内容、期間、被上告人の職歴、職務内容等のほか、被上告人の請求した年休は一日間のみであり、その年休取得を認めた場合、被上告人は本件訓練中に予定されていた六時限の共通線信号処理に関する講義のうち、平成元年一一月二一日に予定されていた四時限の講義は欠席することになるが、一部であるとはいえ翌二二日に予定されていた二時限の講義には参加すること、右講義については教科書が存在すること、それに、被上告人の職歴及び職務内容に伴う知識、経験を考慮すれば、被上告人の努力により右欠席した四時限の講義内容を補うことは十分に可能であると認められ、また、現に、被上告人は、おおむね普通以上の評価をもって本件訓練を終了しているのであるから、本件訓練において被上告人が同月二一日の一日間の年休を取得することが被上告人について本件訓練の目的の達成を困難にするとまで認めることは困難である。

6  したがって、被上告人が本件年休を取得することが上告人の事業の正常な運営を妨げるとはいえず、上告人のした時季変更権の行使は違法である。そうすると、被上告人の平成元年一一月二一日の本件訓練の欠席が無断欠勤であるということはできないから、無断欠勤を理由とする本件けん責処分、職能賃金の定期昇給額の四分の二を減ずること及び一日分の賃金削減は、いずれも無効である。

四  しかしながら、原審の右判断のうち3ないし6は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  前記事実関係によれば、本件訓練は、上告人の事業遂行に必要なディジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上を図るため、各職場の代表を参加させて、一箇月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識、技能を修得させ、これを所属の職場に持ち帰らせることによって、各職場全体の業務の改善、向上に資することを目的として行われたものということができる。このような期間、目的の訓練においては、特段の事情のない限り、訓練参加者が訓練を一部でも欠席することは、予定された知識、技能の修得に不足を生じさせ、訓練の目的を十全に達成することができない結果を招くものというべきである。したがって、このような訓練の期間中に年休が請求されたときは、使用者は、当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り、年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができると解される。

被上告人は、本件訓練において修得することが不可欠とされ、そのため従前の講義時間が二倍に増やされていた共通線に関する講義六時限のうち最初の四時限が行われる日について年休を請求したというのであるから、当日の講義を欠席することは、本件訓練において予定された知識、技能の修得に不足を生じさせるおそれが高いものといわなければならない。しかも、被上告人は、交換課の平成元年度における唯一の代表として保全科ディジタル交換機応用班の訓練に参加していたのであるから、被上告人の右修得不足は、ひいては、交換課全体の業務の改善、向上に悪影響を及ぼすことにつながるものということができる。

2  原審は、右講義には教科書があるから自習が可能であること、被上告人の所属していた職場である交換課は共通線信号処理装置にかかわる業務を担当していたことなどを根拠に、被上告人の努力により欠席した四時限の講義内容を補うことが十分可能であるなどとして、右欠席が本件訓練の目的達成を困難にするとはいえないと判断している。

しかしながら、通常は、教科書に基づいて自習することをもって四時限の講義によるのと同程度の知識、技能の修得が可能であるとは解されず(参加者に教科書等に基づく自習による場合よりも高い程度の知識、技能を修得させるために、本件訓練のような形態の研修が行われるものというべきである。)、六時限の講義のうち最初の四時限を欠席した者が残る二時限の講義を受講することで不足を補うことも困難である。のみならず、そもそも、被上告人が自習をすることは被上告人自身の意思に懸かっており、上告人は、時季変更権を行使するか否かを決定するに際して、右自習がされることを前提とすることができないから、自習がされない場合における事業の運営への影響を考慮することが許されるものというべきである。また、交換課の右の担当業務や被上告人との前記職歴から、被上告人が右講義において修得することが予定されていた知識、技能をあらかじめ有していたと即断することはできない。被上告人が本件訓練をおおむね普通以上の評価をもって終了したことも、時季変更権行使の時点では上告人の予見し得ない事情にすぎない上、右講義において予定されていた知識、技能の修得に不足を生じなかったことを直ちに裏付けるに足りる事情ということもできない。

集合訓練中の年休取得の事例や年休の取扱いに関する原判示の事実も、本件における年休の取得が本件訓練の目的達成を困難にすると判断することを妨げるものとはいえない。

3  以上によれば、前記事実関係に基づいて本件の年休の取得が上告人の事業の正常な運営を妨げるものとはいえないとした原審の前記判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、右の違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人が欠席した講義において修得することが予定されていた知識、技能をあらかじめ有していたと認められるか否かなどの点について更に審理した上で、上告人の時季変更権行使の要件の有無について判断を尽くす必要がある。また、これがあると判断される場合には、右時季変更権の行使が不当労働行為に当たるか否か、さらには、被上告人の本件訓練の欠席が無断欠勤といわざるを得ないとしても、これを理由に定期昇給に係る不利益を伴うけん責処分を行うことが懲戒権の濫用に当たらないか否かなどについても、審理判断させる必要がある。したがって、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田博 裁判官河合伸一 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫)

上告代理人安西愈、同井上克樹、同外井浩志、同込田晶代の上告理由

第一 上告理由第一点 時季変更権の行使を違法と判断した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである 〜蓋然性について〜

一 いうまでもなく、労働基準法は最低限の労働条件を定めるとともに、刑罰法規でもあり、使用者が労働基準法三九条の労働者の年次有給休暇(以下、年休という)の行使を妨げた場合においては、労働基準法一一九条一号の罰則の適用の可能性があるものである。

したがって、その条文の解釈にあたっては、出来る限り客観的な基準が求められるものであり、いやしくも、時季変更権行使の時点において、使用者に判断できない事情を、時季変更権行使の違法、適法の判断基準にすることは許されないというべきである。

二 すなわち、時季変更権の要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるか否かは、「年休請求時以後当該休暇日前における事前の蓋然性の判断によるべきものであって、休暇日後において結果的にその支障を防止しえたか否かによって定められるべきものではないから、右の事後における業務遂行の結果によって前記の事業の正常な運営に支障があるおそれがある場合に当るとの判断の当否を左右しうべきものではない。」(此花電報電話局事件大阪高裁 昭五三・一・三一 判決 労民集二九巻一号一一頁、同事件 最一小 昭五七・三・一八 判決 民集三六巻三号三六六頁。その他、チッソ年休拒否事件 熊本地裁八代支部 昭四五・一二・二三 判決 労民集二一巻六号一七二〇頁。新潟鉄道郵便局職員懲戒事件 新潟地裁 昭五二・五・一七 判決 労民集二八巻三号一〇一頁。同事件 東京高裁 昭五六・三・三〇 判決 労民集三二巻二号一六七頁。夕張南高校教員戒告事件、札幌高裁 昭五七・八・五 判決 判例時報一〇六一号一二〇頁。名古屋鉄道郵便局職員減給事件、名古屋地裁 昭五九・四・二七判決 労民集三五巻二号二二〇頁。)のである。

このことは、最高裁判決(時事通信社事件 最三小 平四・六・二三 判決 民集四六巻四号三〇六頁)においても、次のとおり述べられているとおりである。

「使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、その長期休暇期間中の当該労働者の所属する事業場において予想される業務量の程度、代替勤務者確保の可能性の有無、同じ時季に休暇を指定する他の労働者の人数等の事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営の支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ない」

すなわち、当該訓練の欠席によって、訓練の成果にどのような影響を与えるかを事前に判断することは不可能であり、年休取得時においてその影響は判断できないとともに、そもそも本件訓練は限られた教官・施設等の中で、日常業務を中断して実施されるものであって、本来、必要最小限の知識技能修得を短期間のうちに図ることを目的としているものであるから、定められた全日程を一日でも欠席することは当然のことながら本件訓練の成果に支障が生じることは明らかであって、上告人において時季変更権を行使したことは適法なのである。

三 しかるに、原判決は「そこで、訓練中の年休取得の可否について検討するに、右に説示したとおり、訓練への参加は、非代替的な業務ではあるが、このことから、直ちに、当該訓練への参加を命じられた職員が訓練中に年休を取得することがおよそ許されないと解するのは、相当ではない。けだし、年休取得により訓練の一部を欠席したとしても、当該訓練の目的及び内容、欠席した訓練の内容とこれを補う手段の有無、当該職員の知識及び技能の程度等によっては、他の手段によって欠席した訓練の内容を補い、当該訓練の所期の目的を達成することのできる場合もあるものと考えられるからである。」(原判決 二〇枚目表、裏)と述べ、年休請求時点では、判断のしようがない、訓練欠席後の訓練欠席による影響を補う手段、目的等についてまでこれを判断基準に加えている。

四 このことは、原判決の「①前記認定の本件訓練の目的、内容、期間等、被控訴人の職歴、職務内容等のほか、②被控訴人の請求した年休は一日間のみであり、③その年休取得を認めた場合、被控訴人は、本件訓練中に予定されていた六時限の共通線信号処理に関する講義のうち、平成元年一一月二一日に予定されていた四時限の講義は欠席することになるが、④これに続く翌二二日に予定されていた二時限の講義には参加し、一部であるとはいえ右共通線信号処理に関する講義に参加することのほか、⑤右講義については前記のとおり教科書が存すること、⑥それに、被控訴人の前記職歴及び職務内容(被控訴人の所属する交換課は、共通線信号処理にかかわる業務も担当していた。)に伴う知識、経験を考慮すれば、被控訴人の努力により右欠席した四時限の講義内容を補うことは十分に可能であると認められ、⑦また、現に、被控訴人は、おおむね普通以上の評価をもって本件訓練を終了(卒業)しているのであるから、本件訓練において被控訴人が同月二一日の一日間の年休を取得することが被控訴人について本件訓練の目的の達成を困難にするとまで認めることは困難である。」(原判決二五枚目表、裏及び二六枚目表。ただし、引用部分の①等の番号は、上告人が便宜上付記したもの)との説示を見れば明らかである。

五 すなわち、右④は、年休取得後の行為であり、年休取得後、結果として講義に参加したものにすぎず、年休請求時点で講義に出席していたわけではない。また、右⑤の教科書が存在することによって、訓練欠席の影響がないというためには、被上告人が、この教科書で自ら勉強をしなければならないことを意味するが、このようなことは何の保証もないことであり、被上告人が勉強をするかどうか判断のしようがないことである。しかも、訓練欠席に相当する時間を勤務時間中に与え、被上告人に勉強させることは出来ないのであるから、教科書を使用して被上告人が勉強するとすれば、勤務時間外にこれを行うことになるところ、このようなことも何の保証もないことである。このことは、右⑥についても同様であり、訓練欠席後、被上告人がどの程度の努力をし、いつ頃までに訓練欠席の影響を克服するのかなどということは、神のみぞ知るところであって、常人において判断することは不可能であり、その不可能を罰則をもって強制することになる。原判決は到底容認出来ないものである。さらに、右⑦についても、訓練欠席、年休取得後の事情であり(しかも、原判決のこの認定は、後記第四、四のとおり、証拠に基づかない認定である)、年休請求時点において、被上告人が訓練を終了できるかどうかは、判断できないことである。

右①②③の事情からすれば、被上告人は、訓練を一日欠席することにより、六時限の訓練のうちの少なくとも(翌日の訓練を欠席しないとは限らないので)三分の二に当たる訓練を欠席することになるのであるから、時季変更権の行使は適法であったと判断すべきものである。

六 以上、年休請求時点における蓋然性によって、時季変更権行使の違法、適法を判断すべきであるにもかかわらず、原判決が、年休取得後の事情をもって、上告人の時季変更権の行使を違法と判断したことは(原判決 二六枚目裏)、時季変更権に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、取消しを免れない。

七 なお、以上のように時季変更権の行使が蓋然性に基づくものであったとしても、上告人においては、病気等人道上の理由がある場合においては、時季変更権の行使を差し控える他、訓練期間が六か月以上に及ぶ長期の養成訓練において、一般の大学等の例にならい夏季の一定期間を休講期間とする配慮を行っており(甲一一〇、訓練生の労働条件に関する確認事項「二の5」。ただし、本労働協約は昭和六三年三月三一日をもって廃止。乙九二)、また、あらかじめ当該社員に訓練中に休まざるを得ない正当な事由があると認められる場合には、当初から訓練そのものに参加させないことがあり得るのであって、訓練中の年休を原則として認めないことで、労働者の年休が不当に制約されるということはない。

八 この点、原判決は「控訴人は、訓練中の年休請求については、人道上の理由がある場合には時季変更権の行使を差し控えることがあると主張するが、労働者は、年休取得の理由を明らかにしないで年休の請求をすることができるのであるから、訓練中の年休の請求に対して時季変更権を行使すべきかどうかは、年休取得の理由を考慮して決すべきものではなく、年休取得が訓練の目的の達成を困難にするかどうかの観点から決すべきものであり、控訴人の右主張は、採用することができない。」(原判決 二一枚目裏)と判示するが、上告人は、事業の正常な運営を妨げるか否かの判断基準としてではなく、事業の正常な運営を妨げる場合において時季変更権の行使を差し控えるか否かの判断基準として人道上の理由を問題としているのであるから、人道上の理由をもって、事業の正常な運営を妨げるか否かの基準としているかのような原判決の批判は、的外れである。

第二 上告理由第二点 原判決には、訓練に与える影響を判断できたか否かについて理由が示されていない点で、判決に影響を及ぼす理由不備および経験則違反がある。

一 原判決は、訓練中の時季変更権の行使につき、次のとおり判示する。

「訓練中の年休取得の可否について検討するに、右に説示したとおり、訓練への参加は、非代替的な業務ではあるが、このことから、直ちに、当該訓練への参加を命じられた職員が訓練中に年休を取得することがおよそ許されないと解するのは、相当ではない。けだし、年休取得により訓練の一部を欠席したとしても、当該訓練の目的及び内容、欠席した訓練の内容とこれを補う手段の有無、当該職員の知識及び技能の程度等によっては、他の手段によって欠席した訓練の内容を補い、当該訓練の所期の目的を達成することのできる場合もあるものと考えられるからである。したがって、訓練中の年休取得の可否は、当該訓練の目的、内容、期間及び日程と、年休を取得しようとする当該職員の知識及び技能の程度、取得しようとする年休の時期及び期間のほか、年休取得により欠席することになる訓練の内容とこれを補う手段の有無等の諸般の事情等を総合的に比較考量して、年休取得が当該訓練の所期の目的の達成を困難ならしめるか否かの観点から判断すべきである。」(原判決 二〇枚目表、裏)

右判断が法令の解釈適用を誤っているものであることは、第一に述べたとおりであるが、仮に右判断を前提としても、原判決には、次の理由不備がある。

二 まず、原判決の認定によれば、被上告人の年休請求は、年休取得日の前日に立川ネットワークセンタの長島総務課長になされたものである(原判決 一七枚目表の第一審判決引用部分)。

そして、原判決は、その時間までは認定していないが、原判決の引用する甲一二及び乙一六によれば、その時刻は午後一〇時頃あるいは午後九時四五分頃である。

三 ところで、時季変更権の行使は、年休請求後年休取得予定日までの間になされるものであり、本件についてみれば、年休取得予定日前日の午後一〇時頃から同日の午後一二時までに行うことになる。何故なら、年休は暦日単位であり、午後一二時を過ぎれば、年休取得日が到来するからである。

四 そこで、原判決が、上告人の時季変更権行使を違法と判断するためには、右の年休請求時点から年休取得予定日までの約二時間の間に、上告人に、被上告人の知識及び技能の程度、年休取得により欠席することになる訓練の内容、これを補う手段の有無等を判断することが可能であったにもかかわらず、これを検討することなく、時季変更権を行使したという前提がなければならない。

五 しかるに、年休請求から年休取得予定日までにわずか二時間しかない本件において原判決は、上告人において、原判決のいう諸般の事情を考慮できる状況にあったのか否かについて全く触れていない。

しかも、原判決の認定によれば、時季変更権の行使は、学園においてこれを行うというのであるから(原判決二四枚目表、裏)、被上告人の年休請求以後年休取得予定日までの間に、学園が原判決のいう諸般の事情を考慮することができなければならないが、原判決はこの点について全く触れていないのである。

六 仮に、本件年休請求から本件年休取得予定日までのわずか二時間あまりにおける判断ではなく、年休取得予定日の勤務時刻開始前までに時季変更権を行使すれば足りると原判決が考えていたとしても、理由中にこの点についての説明はなく、やはり理由不備といわざるを得ない。

第三 上告理由第三点 年休取得が訓練に影響しないとの原判決の認定、判断は、理由不備または経験則に違反し、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 原判決は、上告人における訓練期間中の年休取得事例につき、「控訴人におけるこれまでの訓練中の年休取得の主な事例の社員名、訓練の期間、場所及び名称、年休取得期間並びに年休取得理由は、次のアないしサのとおりであること、また、クの渡辺の年休取得例をみると、同人は風邪のため二日間年休をとり、体調が回復しないことから三日目も年休をとろうとしたところ、担当教官から二日間を超えて年休を取ると卒業できなくなると言われて、風邪を押して訓練に参加したことが認められる。」(原判決 二二枚目表)と、訓練期間中の年休取得事例一一例を挙げる。

そして、これに続けて、「これによれば、控訴人においても、訓練中の年休取得は、控訴人主張の人道上の理由に限られ、それ以外の理由ではおよそ認めないというものではなく、訓練の期間にもよるが、おおむね一日間程度の年休の請求であれば、年休取得により訓練の目的が達成されなくなるとは判断されず、時季変更権が行使されることなく、請求どおり年休が付与されていたことが認められる。」(原判決 二二枚目表、裏)と判断する。

二 しかし、原判決の「訓練中の年休取得の可否は、当該訓練の目的、内容、期間及び日程と、年休を取得しようとする当該職員の知識及び技能の程度、取得しようとする年休の時期及び期間のほか、年休取得により欠席することになる訓練の内容とこれを補う手段の有無等の諸般の事情等を総合的に比較考量して、年休取得が当該訓練の所期の目的の達成を困難ならしめるか否かの観点から判断すべきである。」(原判決 二〇枚目裏)との論理を前提に、訓練中の年休取得が、訓練に影響しないと判断するためには、個々の年休取得事例ごとに、訓練に影響があったか否かを検討しなければならないところ、原判決は、このような検討を行っていないのであるから、原判決認定の年休取得事例のみをもって、「おおむね一日間程度の年休の請求であれば、年休取得により訓練の目的が達成されなくなるとは判断されず」との結論を導きだすことはできない。したがって、原判決には、理由不備があるといわざるを得ない。

三 しかも、上告人においても、訓練期間中において年休取得が認められないとは主張していないのであり、病気等人道上の理由があればこれを認めているところであるから、訓練期間中に年休を取得した事例があるからといって、上告人が訓練に影響がないと判断して、年休取得を認めたとの前提は成立しない。

仮に、上告人が、訓練目的に与える影響から判断して時季変更権行使の有無を決定していたとすれば、たった三日間の訓練のうち二日も欠席することになる、原判決認定の「ウ 森西武志昭和五一年ころ 鴨野局訓練センターPCM二四B訓練 三日間コース 二日間 風邪」(原判決 二三枚目表)の事例で年休取得が認められるはずがないのである。しかるに、これが認められているのは、欠席の理由が風邪であって、人道上の理由から、時季変更権の行使を差し控える事例だからである(原判決の挙げる、「ク」の渡辺の事例も欠席理由は風邪である)。

要するに、訓練中に年休取得事例があることから、年休取得が訓練に影響がないと推定することはできないのであって、原判決の事実認定と結論の間には、理由不備があるのである。

四 また、原判決の認定をみると、原判決摘示の、ウ、オ、キ、クはまさしく病気等人道上の理由で年休が認められる事例であり(ケの引っ越しの手伝いについても、妹夫婦の離婚に伴う引っ越しの手伝いであって同人が手伝わなければ引っ越しができないのであれば、時季変更権の行使を控える事例といえなくない。第一審 安藤証人調書 七、八頁)、カ、コについては取得理由不明である。

したがって、残るのは、ア、イ、エ、サのわずか四例であるが、これらは、いずれも中央学園での訓練中ではない。

すなわち、中央学園は、昭和三〇年以来、主として本社計画事項に関わる全国的規模の訓練を担当し、一貫して本社組織の学園として運営されてきており(乙六四)、「原告が訓練に参加した当時、全国で九つあったNTTの学園のなかでは、最も高度な技術を習得する学園でした。NTTの技術系の研修でいえば主として新技術や新サービスの導入にかかる研修等があり、今回の『応用班』でいえば、これら応用班の訓練は中央学園で行い、その内容も応用レベルであり高度な授業を行って」(乙二一 五頁)いるが、右四例は中央学園における年休取得ではないのである。

この点、原判決の「年休取得により訓練の一部を欠席したとしても、当該訓練の目的及び内容、欠席した訓練の内容とこれを補う手段の有無、当該職員の知識及び技能の程度によっては、他の手段によって欠席した訓練の内容を補い、当該訓練の所期の目的を達成することのできる場合もあるものと考えられるからである。」(原判決 二〇枚目表、裏)との判断からすれば、当然中央学園での年休取得事例を検討すべきところ、この点の検討は一切なされていないのであるから、この点においても理由不備というべきである。

五 さらに、原判決認定のとおり、上告人における訓練数は、「平成元年度の職員総数二六万六〇〇〇人のうち、九つの研修センタにおける各集合研修に参加した人員は六万二二七〇人であり(中央学園だけでみると一万三五一三人)」(原判決 一九枚目裏において「原判決一九枚目裏一一行目から同二二枚目表六行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。」との第一審判決 二一枚目表、裏部分)という状況である。

このことだけからも明らかなとおり、上告人における訓練は、毎年数万人の単位で、そして延人員にすれば数十万人日の単位で実施されているのであるから、原判決が、「ア、中嶋宣雄 昭和三七年七月中旬から三月間 東京学園」といった昭和三七年からの訓練期間中の年休取得事例を問題にするのであれば、昭和三七年移行の上告人における訓練人員、訓練延人員を認定し、その中において年休取得事例がどの程度の割合を占めるのかを認定しなければ、「訓練の期間にもよるが、おおむね一日間程度の年休の請求であれば、年休取得により訓練の目的が達成されなくなるとは判断されず」(原判決 二二枚目裏)と結論には達しないはずである。

しかるに、原判決は、訓練全体における年休取得事例の割合の認定、判断を行っていないのであるから、その結論を導き出す過程において理由不備があり、年休取得が訓練に影響を与えないとの判断は判決に影響を与えるものである。

六 そして、昭和三七年以降の訓練人員、訓練延人員が、何千万人日という膨大な数に上ることは容易に推測できるところである(乙一四、乙六六。その実施状況を逐一把握できない職場訓練を対象にすればその数は天文学的数字に上るであろう)。

しかるに、この間の年休取得者は、原判決の認定においても、人道上の理由によるものを除くとわずか四例で、その他の例を含めても一一例にすぎず、訓練全体の延べ人日からみれば、0.000……%という数字であって、このことからみれば、訓練中には年休取得は原則として認められておらず、たまたまルーズな取扱いによって訓練中の年休取得が認められた事例があったにすぎないと判断するのが経験則に合致するものであって、わずか四例の稀有な事例をとらえて訓練中に年休を取得しても、訓練目的の達成に影響がないと判断することは経験則に違反するものであり、この判断は判決に影響を与えるものである。

第四 上告理由第四点 本件年休取得が本件訓練に影響がなかったとの原判決の認定、判断には判決に影響を及ぼす理由齟齬または理由不備がある。

一 原判決は、以下の点を理由に、本件年休取得をもって、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しないと判断する。

「①前記認定の本件訓練の目的、内容、期間等、被控訴人の職歴、職務内容等のほか、②被控訴人の請求した年休は一日間のみであり、③その年休取得を認めた場合、被控訴人は、本件訓練中に予定されていた六時限の共通線信号処理に関する講義のうち、平成元年一一月二一日に予定されていた四時限の講義は欠席することになるが、④これに続く翌二二日に予定されていた二時限の講義には参加し、一部であるとはいえ右共通線信号処理に関する講義に参加することのほか、⑤右講義については前記のとおり教科書が存すること、⑥それに、被控訴人の前記職歴及び職務内容(被控訴人の所属する交換課は、共通線信号処理にかかわる業務も担当していた。)に伴う知識、経験を考慮すれば、被控訴人の努力により右欠席した四時限の講義内容を補うことは十分に可能であると認められ、⑦また現に、被控訴人は、おおむね普通以上の評価をもって本件訓練を終了(卒業)しているのであるから、本件訓練において被控訴人が同月二一日の一日間の年休を取得することが被控訴人について本件訓練の目的の達成を困難にするとまで認めることは困難である。」(原判決 二五枚目表、裏及び二六枚目表。但し、引用部分の①等の番号は、上告人が便宜上付記したもの)

二 しかし、原判決が、「本件訓練は、ディジタル交換機のうち、通話用のD60交換機及びD70交換機の訓練であったが、右交換機の保守の際に共通線信号装置の処理も入ること等を含め、共通線についての理解も不可欠であった。このような観点から、原告の参加した平成元年度から、共通線に関する講義内容が三時限から六時限に増やされていた。」(原判決 一九枚目裏において、「原判決一九枚目裏一一行目から同二二枚目表六行目までに記載のとおり」と引用する、一審判決二一枚目表部分)と認定するとおり、被上告人が欠席した共通線の講義は、その重要性から三時限から六時限に増やされているのであり、被上告人はそのうちの四時限を欠席したのである。

したがって、前記②、③、④の理由は本件訓練欠席の与える影響を認定する理由になっても、影響のないことの理由にはならないものであるから、これをもって、本件訓練目的の達成を困難にしなかったとの判断には理由齟齬がある。

三 また、前記⑤、⑥も、その可能性を述べているにすぎず、教科書を使って被上告人がその努力により本件訓練欠席による影響を挽回したとの事実がない以上、本件訓練欠席による影響を否定する理由にはならず、これを挙げることも理由齟齬である。

四 さらに、前記⑦については、本件訓練全体を通じての被上告人の評価が、他より優秀ではなく、かつ「共通線信号処理」についてのみ、他より優秀であったとする事実も認められないにもかかわらず(乙三一、「VeryGood」「VeryVeryGood」の評価がひとつもないのは一六名中原告を含めて四名のみである。乙二一、二八頁。浜田九回一四二、一四三頁)、これを普通以上と認定することは証拠に基づかない認定であって、何ら理由と認められないものである。

五 以上、原判決の挙げる理由は、「本件訓練の目的の達成を困難にするとまで認めることが困難」と判断する理由とならず、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しないとの結論を導きだす理由たり得ないものであって、判決に影響を及ぼす理由齟齬または理由不備があるといわざるを得ないものである。

第五 上告理由第五点 時季変更権の行使を違法と判断した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである 〜非代替業務について〜

一 時季変更権行使の要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かの判断基準については「当該労働者の所属する事業場を基準として事業の規模、内容当該労働者の担当する作業の内容・性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮して客観的に判断すべき」(此花電報電話局事件 大阪高裁昭五三・一・三一 判決 判例時報八八〇号、労民集二九巻一号一一頁。同事件 最一小 昭五七・三・一八 判決 民集三六巻三号三六六頁。新潟鉄道郵便局職員懲戒事件 東京高裁 昭五六・三・三〇 判決 労働判例三六五号、労民集三二巻二号一六七頁)とするのが判例である。

右の「当該労働者の担当する業務の内容」「代行者の配置の難易」という観点からみるとき、本件訓練中においては、被上告人に代わる代替要員を配置することはできず、まさしく本件訓練中の年休の請求は「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するものである。

二 すなわち、判例によれば、「労基法三九条三項ただし書き(註 現行四項ただし書き)にいう『事業の正常な運営を妨げる場合』か否かの判断に当たって、代替勤務者配置の難易は判断の一要素となるというべきであるが、特に、勤務割による勤務体制がとられている事業場の場合には、重要な判断要素であることは明らか」(日本電信電話事件 最二小 昭六二・七・一〇 判決 民集四一巻五号一二二九頁)であるが、代替要員を確保できない客観的状況においては、使用者には代替要員確保の配慮義務はないことも判例である(電電公社関東電気通信局事件 最三小判 平元・七・四 判決 労働判例五四三号七頁)。

「当該事業場において、年次休暇の時季指定に伴う勤務割の変更が、どのような方法により、どの程度行われていたか、年次休暇の時季指定に対し使用者が従前どのような対応の仕方をしてきたか、当該労働者の作業の内容、性質、欠務補充要員の作業の繁閑などからみて、他の者による代替勤務が可能であったか、また、当該年次休暇の時季指定が、使用者が代替勤務者を確保しうるだけの時間的余裕のある時期にされたものであるか、更には、当該事業場において週休制がどのように運用されてきたかなどの諸点を考慮して判断されるべきである。」

「右の諸点に照らし、使用者が通常の配慮をしたとしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況になかったと判断しうる場合には、使用者において代替勤務者を確保するための配慮をしたとみうる何らかの具体的行為をしなかったとしても、そのことにより、使用者がした時季変更権の行使が違法となることはないものと解するのが相当である。」

このような観点から本件について考えれば、本件のような集合訓練という一身専属性の高い業務においては代替者確保のためになすべき「使用者としての通常の配慮」は考えられず、訓練中の年休請求については、使用者の配慮を論じるまでもなく、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するものである。

三 以上、訓練参加の者の業務は、他の労働者がこれに代わることができないという意味において、非代替的な業務であって、このような非代替的業務を命じられた者が年休を取得することが事業の正常な運営を妨げるものであることは次の判例にも明らかである。

① 動労静岡鉄道管理局事件 静岡地裁 昭和四八年六月二九日 判決(労民集二四巻三号 三七四頁)

「青年職員研修会へ職員を参加させることが当該事業場(本件の運転所や機関区)にとって労働基準法第三九条第三項但書にいう事業に含まれると解するのが相当であるから、原告らが右研修会に参加すべき日に年休を請求するのは客観的に事業の正常な運営を妨げる場合に該当するというべきである。したがって被告の時季変更権は適法に行使されたものというべきであり、……その違法を前提として賃金控除額の支払を求める原告らの請求はいずれも理由がないといわなければならない。」

② 右同事件 東京高裁 昭和五二年一月二六日 判決(労民集二八巻一・二号一頁)

「鉄道輸送を主たる事業とする被控訴人において、その安全の確保を目的として職員に対して行う安全研修等の職場内教育もまた被控訴人の事業の遂行上必要な業務というべく、……右各事業場がその業務の遂行上必要とされる安全研修に所属職員を参加させることも当然その事業場における事業に該るものとみるのが相当である。そして、当該事業場において、特定の職員を指名して右安全研修に参加させることは、当該職員をして非代替的な業務の遂行を命じたものであって、かような非代替的な業務の遂行を命じられた者をして研修に参加させることそれ自体が事業場における事業の正常な運営を図ることにほかならないから、控訴人らが、本件研修会に参加すべきことを命ぜられた日に年休を請求することは、客観的に所属事業場における事業の正常な運営を妨げる場合に該るものとして、被控訴人において時季変更権を行使することを許されるものと認めるのが相当である。」

③ 仙台統制電話中継所事件 仙台地裁 昭和六三年一月二七日 判決(労働判例 五一一号 七頁)

「以下の事実に照らして考えると、障害修理の職場訓練は、分課に伴う技能未熟者の早期解消のため労働組合の要求もあって行うもので、通常の障害修理の職場作業と異なり年間を通じた訓練計画に基づいて系統的集中的に指導を受けて障害修理の実習を行うものであって、第一宅内課が右訓練を要する所属職員にこれを受けさせることは、同課の事業に当たるものと解される。そして、例え後日において修得可能であったとしても、当該職員をして所定の職場訓練に参加させその期間内に訓練計画において予定された技能を修得せしめることは、同課における事業の正常な運営を図ることにほかならない。そうだとすると、TEXの障害修理について早期の技能修得が必要なため前認定のとおり非代替的業務である職場訓練を命ぜられていた原告長津が、その訓練期間中に年休を請求することは、同課における事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものというべきである。」

④ 右同事件 仙台高裁 平成五年一〇月一八日 判決 (労働判例 六五〇号 六二頁) 右同旨

四 しかるに、原判決が、本件訓練につき「訓練への参加は、非代替的な業務であるということができる。」(原判決 二〇枚目表)と認定しながら、上告人の時季変更権の行使を違法と判断したことは(原判決 二六枚目裏)、時季変更権に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、取消しを免れない。

第六 上告の理由第六点 年休請求の事実についての認定、判断について、原判決には、判決に影響を及ぼす理由齟齬がある

一 原判決は、被上告人の年休請求、上告人の時季変更権の行使につき、次のとおり認定する。

この認定によれば、被上告人は、学園に対し年休を請求した事実はなく、あくまで、立川ネットワークセンタに年休請求をしたということである。

「原告は、同月二〇日、中央学園の浜田教官(以下「浜田教官」という。)あての、「11月21日火について、立川NWC交換課に組合休暇を申し入れてあります。訓練中の休暇ですがよろしくお願いします。」との記載のあるメモを作成し、中央学園の教壇上に置いた(乙九、証人浜田満の証言、以下「浜田証言」という、被控訴人供述)。

同月二〇日午後三時ころ、勤務先の長である立川ネットワークセンタの中嶋所長(以下「中嶋所長」という。)から原告に対し電話があり、本件訓練中は組合休暇を認めることができない旨の回答があった(争いがない)。

そこで、原告は、通信労組中央本部の向井交渉部長に連絡をとり、被告本社の窓口との交渉を依頼したが、組合休暇は認められなかった。一方、向井交渉部長から年休請求ならばどうかとの問い合せを受けた、立川ネットワークセンタの長島総務課長(以下「長島課長」という。)は、中嶋所長に電話をして、年休も認められないとの方針で処理するよう指示を受けたので、中嶋所長の指示どおり、原告からの電話に対し、年休を認めることはできず、休んだ場合には無断欠勤になると伝え(以上、甲一二、乙一六、証人中嶋英明の証言、以下「中嶋証言」という、岩崎証言)、これをもって、被告は、原告の年休請求に対する時季変更権を行使した(争いがない)。

同月二一日、原告は本件訓練を欠席し(争いがない)、通信労組を代表して、全労連結成大会に傍聴人の資格で参加した(甲一二、原告供述)。」(原判決 一七枚目表において「原判決一二枚目表八行目から同一八枚目裏八行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。」との第一審判決部分)

二 そして、原判決は右事実認定を前提に、上告人の時季変更権の行使につき、次のとおり判示し、これを違法とする。

「なお、前示のとおり、控訴人においては、訓練中の年休請求に対し、これを付与するかどうかの判断は、学園が行い、事後的にその結果を原局に通知する取扱いとされているが、このことは、訓練中の年休取得が訓練の目的の達成を困難ならしめるかどうかの判断は、訓練を実施し、訓練の内容及びカリキュラムを具体的に把握している学園において最も良くなし得るとの考慮に基づくものと解される。したがって、本件について立川ネットワークセンタ所長が時季変更権を行使したのは、右の取扱いを逸脱し、右のような考慮を無にするものといえよう。そして、前記認定の経緯によれば、立川ネットワークセンタ所長は、右時季変更権を行使するに当たり、被控訴人が年休を取得することにより欠席することになる本件訓練の具体的内容を検討した形跡はみられない。そうすると、被控訴人の年休請求に対して控訴人のした時季変更権の行使は違法であるといわざるを得ないから、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人の平成元年一一月二一日の本件訓練の欠席は、無断欠席であるということはできない。」(原判決 二六枚目表、裏)

三 すなわち、原判決の認定によれば、年休請求は学園に対し行われ、時季変更権の行使は学園がこれを行うとされているのであるが、被上告人が学園に対し年休請求をした事実はないのであるから、時季変更権の行使が行われることもなく、まして、これが違法となることもないのである。

上告人は、本件訓練は立川ネットワークセンタのための訓練であり、同事業場のための訓練であって、「事業の正常な運営を妨げる揚合」であるか否かは同事業場が判断することを主張し、本件訓練中も学園ではなく原局である立川ネットワークセンタが時季変更権を行使すると主張した。

しかるに、原判決は、学園が判断するとの事実認定の下に、結論を導き出しているのであるが、そうであるならば、被上告人は学園に年休請求をすることなく本件訓練を欠席したものであって、これを無断欠席でないとする原判決の論理は矛盾しているといわざるを得ない。

四 およそ、年休には承認は必要がないといっても、年休請求の相手は事業の正常な運営を妨げるか否かを判断できる者、すなわち、時季変更権の行使の有無を判断できる者でなければならないから、原判決が時季変更権が学園にあるとの前提に立つのであれば、学園に対して年休請求があったか否かを問題とすべきなのである。

何故なら、時季変更権を行使できない者に年休請求がなされたとしても適法な年休請求があったとは認められないからである。

五 以上、学園に対しての年休請求がなかったと認定する一方で、被上告人が年休により本件訓練を欠席したとする原判決には判決に影響を及ぼす理由齟齬があるといわざるを得ない。

第七 上告理由第七点 原判決の時季変更権の行使権限者の認定、判断については、判決に影響を及ぼす、審理不尽、理由不備、理由齟齬、経験則違反がある。

一 原判決は、上告人の「社員就業規則(乙七八)第三九条は、社員からの年休請求に対する時季変更権は所属長が行使すると規定しているが、右所属長とは、社員就業規則等における所属長の範囲に関する規程(乙七八。以下「所属長規程」という。)別表一により、直属上長とされている。そして、直属上長は、所属長規程第一条第二項により、組織規程(乙九一)別表第四に定める管理組織職位にある直近の上長をいうとされており、同別表第四によれば、被控訴人の直属上長は、交換課課長ということになる。そして、所属長規程第五条第一項により、直属上長が不在のときは直属上長の直近の上長が、直近の上長が不在のときは順次その直近の上長が当該直属上長の職務を行うものとされている。本件においては、被控訴人の直属上長である交換課課長が不在であったため、その上長である立川ネットワークセンタ所長が時季変更権を行使したものである。」(原判決 四枚目裏、五枚目表)との主張になんら答えることなく、「控訴人の電電公社時代の昭和五七年四月現在の勤務票事務処理要領(甲一一三)は、学園集合訓練中の訓練生の勤務票の取扱いを定め、その中で、訓練中に休暇等(有給休暇、無給休暇、遅刻、早退、欠務)を付与した場合は、訓練終了時又は毎月末において、訓練生の休暇等付与通知を作成し、これを当該訓練生の原局に送付することとし、この取扱いは、控訴人が設立されてからも変更されていないことが認められる。これによれば、訓練中であっても、年休の取得が予定されており、しかも、その付与の決定は、学園が行い、事後的に訓練生の原局にその結果を通知する取扱いであることが認められる。」(原判決 二四枚目表、裏)と判断する。

二 しかし、上告人の就業規則は、いわゆる電電公社の民営化により、右勤務票事務処理要領より後の、昭和六〇年四月一日に制定されたものであって(乙七八、一枚目)、その就業規則において、「指定された時季における年次休暇が事業の正常な運営を妨げる場合は、所属長は他の時季に変更することができる」(乙七八、三九条)と明示され、所属長(不在のときは、その上長)に時季変更権の権限があることが明記されているにもかかわらず、これを排斥する何の根拠も示さず、学園訓練中の年休付与、時季変更権の行使権限が学園にあると認定した原判決は審理不尽、理由不備の違法があり、また、このような認定は経験則にも違反するものである。

すなわち、「各書証についてなんら肯首するに足る理由を示すこともなく、ただ漫然とこれを採用することができないとしたのは審理の不尽であって、理由不備の欠陥を蔵するもの」(最一小昭三二・一〇・三一 判決 民集一一巻一〇号一七七九頁)といわざるを得ないのである。

三 原判決がかかる事実誤認に陥ったのは、つまるところ、上告人の電電公社時代の勤務票事務処理要領(甲一一三)を、社員の服務管理の基本を規定した通達と誤認したことにあるが、同要領は、文字通り、勤務票の事務処理マニュアルにすぎず、当該訓練生の月例給与、手当等の支給事務を行うため、「遅刻、早退、欠務」を含めた訓練中の勤怠状況を、少なくとも、月に一回、訓練生の原局に報告するものにすぎないのである。

四 しかも、上告人における「組合休暇」は、社員就業規則第三五条にいう「無給休暇」の一つであるから、原判決の認定によれば、組合休暇の付与についても、学園が、これを行うことになるが、原判決も、「原告は、同月二〇日、中央学園の浜田教官(以下「浜田教官」という。)あての、「11月21日火について立川NWC交換課に組合休暇を申し入れてあります。訓練中の休暇ですがよろしくお願いします。」との記載のあるメモを作成し、中央学園の教壇上に置いた(乙九、証人浜田満の証言、以下「浜田証言」という、被控訴人供述)。同月二〇日午後三時ころ、勤務先の長である立川ネットワークセンタの中嶋所長(以下「中嶋所長」という。)から原告に対し電話があり、本件訓練中は組合休暇を認めることができない旨の回答があった(争いがない)」(原判決 一七枚目表)と認定しているとおり、組合休暇は、立川ネットワークセンタに請求されているのである。これは、組合休暇については、その承認権者である所属長が「組織の長」、すなわち立川ネットワークセンタ長であるからに他ならない(乙七八、就業規則第四八条、所属長規定別表一)。

このように、組合休暇については、原局に請求をしている事実を認定しながら、年休の時季変更権行使については、何の理由も示さず、学園に権限があるとする原判決は、判決内容においてすでに矛盾しており、理由齟齬または理由不備の違法がある。

五 さらに、原判決は、「当該職員の勤務する職場内において、又は中央学園のような研修専門機関において実施する研修・訓練等(以下、これらを総称して「訓練」という。)は、控訴人の事業の遂行上必要な業務であるということができる。したがって、控訴人の各事業場が所属職員を訓練に参加させることは、当該事業場における業務である」(原判決 一九枚目裏)と認定しているが、右にいう当該事業場とは、立川ネットワークセンタのことであり、そうであれば、労働基準法第三九条の「事業の正常な運営を妨げる場合」か否かの事業は、立川ネットワークセンタの事業であって、「事業の正常な運営を妨げる場合」か否かの判断は、立川ネットワークセンタが行うのが論理の必然である。

しかるに、原判決は時季変更権者は学園であるとしており、原判決認定の事実から、原判決の結論に至るについては、理由齟齬の違法があるといわざるを得ないのである。

六 以上、原判決は時季変更権の行使権限者について、審理不尽、理由不備、理由齟齬および経験則違反を犯し、時季変更権についての誤った認定を下に、「本件について立川ネットワークセンタ所長が時季変更権を行使したのは、右の取扱いを逸脱し、右のような考慮を無にするものといえよう。そして、前記認定の経緯によれば、立川ネットワークセンタ所長は、右時季変更権を行使するに当たり、被控訴人が年休を取得することにより欠席することになる本件訓練の具体的内容を検討した形跡はみられない。

そうすると、被控訴人の年休請求に対して控訴人のした時季変更権の行使は違法であるといわざるを得ないから、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人の平成元年一一月二一日の本件訓練の欠席は、無断欠席であるということはできない。」(原判決 二六枚目表、裏)との結論を下しており、原判決には、判決に影響を及ぼす、審理不尽、理由不備、理由齟齬、経験則違反の違法があり、取消を免れないものである。

第八 上告理由第八点 時季変更権の行使を違法と判断した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである 〜事前調整について〜

一 本件訓練については、平成元年一〇月中旬に金子交換課長から被上告人に対して同年一一月一日から同二九日までの本件集合訓練への派遣について打診したところ、かねてより当該集合訓練への参加を希望していた被上告人は、特段の事情の申出もなくこれを受け容れたものである。

すなわち、上告人は被上告人に訓練参加を打診し、同人の了解を得て訓練参加を決定したものであるが、これに対し、被上告人は本件集合訓練への参加を受け容れたにも関わらず、内心においては、本件集合訓練のカリキュラムを見た上で、一一月九日の電話番号案内有料化反対のための要請行動に参加するか、訓練を受講するかを決めるつもりであったというのであり(原告本人調書 五回四〇、四一頁)、事実、被上告人は自らの恣意的な判断に基づいて、一一月九日のカリキュラムについては重要であるから受講したが、同月二一日のカリキュラムについては重要でないとして欠席するという挙に出たものである。

二 ところで、訓練中の年休取得は、事業の正常な運営を妨げるものとして、原則的には認められないものであるが、仮に、原判決の見解に立つとしても、使用者において、原判決指摘のような事情を考慮し、時季変更権の行使をするか否かを決定するためには、相当の余裕がなければならないところである。

この点は、前掲電電公社関東電気通信局事件(最三小、平元・七・四 判決 労働判例五四三号七頁)においても、「当該年次休暇の時季指定が、使用者が代替勤務者を確保しうるだけの時間的余裕のある時期にされたものであるか、更には、当該事業場において週休制がどのように運用されてきたかなどの諸点を考慮して判断されるべきである。」と指摘されているとおりである。

三 すなわち、前掲最高裁判決(時事通信社事件 最三小 平四・六・二三 判決 民集四六巻四号三〇六頁)に明らかなとおり、使用者の業務計画等と労働者の年休取得との間には何らかの事前調整が必要であり、このことは前掲引用文に続き、次のとおり判示されているところである。

「労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をした場合には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、右休暇が事業運営にどのような支障をもたらすか、右休暇の時期、期間につきどの程度の修正、変更を行うかに関し、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。」

四 そこで、本件においてこのような調整が行われたか否かであるが、原判決の認定によれば、前記第二、一、二のとおり、被上告人が年休請求をしたのは、年休取得予定日の前日であり、原判決の引用する甲一二及び乙一六によれば、その時刻はそれぞれ午後一〇時頃あるいは午後九時四五分頃と、到底翌日の訓練欠席と年休取得との間の調整を図るような余裕のない時期である。

すなわち、労働者がこのような形での年休請求を行った場合においては、まさに右最高裁判決のとおり、「右休暇の時期、期間につきどの程度の修正、変更を行うかに関し、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。」のであって、この点を看過した原判決は、時季変更権に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、取消を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例